轍のねずみ
くるくる回る、かごの中のねずみのようだ、お前は。
正直に言おう。俺は本当に、あいつの奔放さが羨ましい。
あいつになれたら、なんてことを考えてみたりもした。
あいつは確かに自由奔放で、いつでも自分の気持ちに正直で、他人に騙されるなんて思っちゃいないんだろう、平気で他人を情で量る。
それに対して俺はどうだ、いつでも何かに縛られて、本当の自分なんてあいつの前ですら3分の2も出せちゃいない。
俺の生き様なんて、お前には理解できないんだろう。当然だ。住む世界というものが違うのだ、決定的に。
だから俺の死に様だって、お前にはきっと理解できない。
くるくる回るかごの中のねずみのように、俺はこうしてどうにも出来ぬ轍に嵌まる。
ぱたた、と音を立てて何か赤いものが俺の額を伝って地面に落ちる。お前はなんとも神妙な面持ちで、覆いかぶさった俺のことを見上げた。
傷一つ。矢が額を掠っただけだった。
「おい」
あいつが呼ぶ。けれどなんだか俺はちょっとの出血だというのに、ふらふらしちゃって体もろくに起こせない。情けないね、本当に。
「おい、死ぬなよ」
死ぬなよだって?俺は思わず笑ってしまった。
それをお前が言うのか、劉封。
まっすぐ飛来した矢は、確実にお前の心臓を目掛けてたのに。
「孟達」
俺は劉封の上でぐったりしたまま、目を閉じた。
横を向けばすぐあいつの顔がある。指先が少しだけ髪に触れていた。
お前はきっと、俺が庇った意味だって半分もわからないんだろう。
けれど何となく、こいつだけは死なせちゃいけない気がした。
やがて体が持ち上げられる。
あいつは相変わらず俺を呼んでいたが、俺はどうにも億劫で、目を開けもしなかった。耳元で、あいつじゃないやつの声がする。
「貴方は轍の上の鼠だ。巨大な溝の前に立てば、どうする事も出来ずただ対岸に焦がれるだけの鼠だ。無理に渡ろうとすれば、当然怪我をするのに」
俺はそれを聞いて笑った。ご尤もだと思った。
声の主は呆れたように溜息をついて、軍医を呼んだ。