雨ふらし
「ご武運をお祈り致す」
最後に聞いたのは、そんな言葉だったろうか。
西涼の地を逃れ、張魯の元を去り、蜀へと降る。
岱が隣で呟いた。長い旅路だったと。
長い旅だったのか?わからない。
病にかかったあの人を置いて漢中を発ったときから、時間など流る水が如く速く静かに過ぎていってしまった。
ここは終着点なのだろうか?わからない。
ただただ流れ、そうして迎え入れてくれた先が蜀だった。
帰れるだろうか、西涼の地へ。
あの人は未だ漢中にいるのだろうか?
曹操の軍に抗ってくれているのだろうか?
息を吸い込む。こふ、と少しだけ咳き込んだ。
従兄上、と岱が声をかけてくる。
何だと問い返したその声は、心なしか少し掠れていた。
次いで頬を伝う感触。ああ自分は泣いているのか。
本当は知っている。
あの人が、あの後どうなったかなど。
死なないでくれて、よかった。本当に心からそう思った。
最初はどうにかして蜀へ引き抜けないかと悩んだ。
けれどかの義人は、決してそのような誘いには応じないだろう。わかっていた。
今はただ、戦場で相まみえる、その時を。
俺は望んでいるのか望んでいないのか?
その時その瞬間まで答えの出ぬ問いを繰り返す。
心は雨のように哭く。
空はこんなに青いのに。
この空は、彼の元にも繋がっているのに。
手を伸ばす。
なれど空はあまりにも遠い。