下手な歌
意味もなく、落ち込むときがある。それは例えば夕暮れ間近や深夜。
何があったわけでもないのに、途方も無く気が沈む。
そういう時は決まって川へ行く事にしていた。
大きな流れを見ていれば、まるで些細なことのように思える…そうだ。呂蒙サン曰く。
今日もまた例外でなく、ぼけっと草むらに座り込み、川の流れに足を浸して。
夜の川の水はとても冷たい。座ってまだ10分も経たないのに、足の感覚はもう無かった。
そんな事も気にせず、空を眺める。夜空は綺麗といい難い。
曇らなければ風情があったのに。
「お前何してんだよ」
そして突然の来訪者がなければいい。
特にこんな声の奴は、俺の目の前に現れなきゃいいのに。
「見りゃわかるでしょ。
川の流れに身を任せ、大地の息吹を感じ、空の高さを嘆いてんの」
「つまり、特に何もしてねぇんだな」
こいつにしちゃ珍しく頭の働きがいいんじゃないの?
ふう、と溜息一つついて、振り向きざまに言葉を返す。
「そういうお前は何してんだよ。水泳ですか?寒中水泳?」
冬じゃないけど、と付け加え。
丁度甘寧の奴は後ろに居たようで、釣具のようなものを持ってこちらに向かって歩いてきていた処だった。
隣に来るつもりらしい。
「それこそ見りゃわかるだろ。暇つぶしに来たんだよ」
釣りじゃないのか。
いや、よく考えたら深夜に釣りに来る奴なんざ、
よっぽどの釣り好きか暇人のどちらかだった。我ながら愚問ってやつだ。
隣にどっかりと腰を下ろした甘寧は、そのまま川面に竿を向けた。
そうして会話はThe End。
二人の間にただ静かな時間が訪れた。
ふと甘寧が耳慣れぬ歌を唄い始める。
何だそりゃ、音痴だなと言いながら、凌統は耳を澄ませて聞いていた。
とても懐かしい、童謡のような歌だ。
けれどとても情熱的な歌詞で、これは江賊の歌なのだろうか、
とても心が躍るような気がした。
「よお、元気出たか?」
「出るかよ音痴」
大体俺は元気だし、と続けて言う。
するとアイツは妙に神妙な顔つきで顔を覗き込んできた。
僅かに眉を顰める。
何だかとても、居心地が悪い。この男に対して嘘を吐くというのは、そういう事か。
出来るだけ自然を装って、顔を逸らす。
視線はついてこなかった。
「音痴すぎて魚も逃げたんじゃないの」
はっと吐き捨てるように笑う。
「逃げるからこそ追いたくなるんだろ」
そう言ってもう一回釣竿を振る甘寧。
それってもしかして俺のことを言いたいの?苦笑。
「釣る気もないのに追うから逃げんだよ」