さよならアリス
事の始まりは、関羽が死んだことだ。
あいつがもうちょっと生きててくれれば、もっと良かった。
正直俺はあいつを神様みたいに思ってたから、死なないと思ってた。
髭を切ったら死ぬかもとは思ったけどね。
滅せぬもののあるべきか、というやつですね。俺は凄く辛い立場になった。
あいつが俺の軍楽隊を奪った。
別に俺は怒っちゃいなかった。あいつのした事だ。
仕方ないとも思うし、そもそも軍楽隊なんてどうでもいい。
だから平然としていた。
なのに周りの奴らは、俺が怒っていると劉封に告げたらしい。
あいつは俺に会わなくなった。
あんまりだ。あいつに会わないで、どうして俺が平気でいられるの。
ちょっとだけ、気が狂いそうだと思った。
きっとこの環境がよくないんだ。
大徳には恨まれて、周りの奴らは俺と劉封を不仲にしようとする。
そうだ、あいつと一緒に魏に降ろう。
このままここに居ても、死を賜るだけだ。
魏でまた、いつもみたいに笑いあって、じゃれあって。
楽しくやれるじゃないか。
俺は一人で魏に降った。
帝である曹丕に謁見すると、大層俺を気に入って下さったそうで、
目をかっぴらいたまま口元だけ笑って「歓迎する」と仰った。
ありがたき幸せですね。
本当は、あいつも連れてくる予定だった。
手紙も出した。けれど返事はこなかった。怒っているんだろうか、そうだろう。
そのうち、会いにいこう。その時無理矢理にでも連れ出せばいい。
あいつはきっと怒りながら、
「お前の我儘をきくのはこれっきりだ」
って言ってくれるに違いない。
そうだといい。俺は嬉しくて天にだって昇れるよ、任せて。
そして、あいつが死んだということを、俺はよりにもよって曹丕から聞かされた。
相変わらず目をかっぴらいたまま、口元だけ笑っている。
気味が悪い。こんなときは本当にそう思う。
俺はこいつが嫌いだ。大嫌いだ。
屋敷に戻ったら、手が真っ白だった。それどころか掌から血が出ている。
「何やってんの俺」
溜息が漏れた。ちょっとだけ声が情けなかった。
やがて曹丕が死んだ。可愛がってくれた夏侯尚も死んだ。
自分を縛るものは何もなくなった。
生きるも、死ぬもいっしょだ。変わらない。
あいつの眠る蜀へ戻って、墓に花でも捧げてやろう。
ただいまお迎えに上がりました姫君とでも言ってやろう。
それを聞いたらあいつは笑うだろうか?怒るだろうか。
長く長く待たせてしまった。本当は魏に降る前に迎えに行くはずだった。
土の中は苦しいか?今助けにいってやる。
そんな狭いところ早く出て、俺と一緒に空へいこう。
また楽しくやれる。昔みたいに笑いあって、じゃれあって。
楽しくやれるよ。
どん、という音を聞いた。見れば城は囲まれていた。
「ああ」
司馬懿だ。
寵愛を奪われたのが悔しくて、怒って出てきたのかい?孟達は笑う。
どうやらお迎えがきた。
どうせくるなら、司馬懿なんかじゃなくて、お前がいいな。
けどお前はまだ怒ってるかもしれないから、俺が迎えにいかなきゃ駄目だね。
一緒に空へいこう。蒼い蒼い空はきっと俺達を受け入れてくれる。
ずっと昔眺めた、あの空なら。
きっと二人なら楽しくやれる。笑って、じゃれあって、
「今迎えにいくよ」
空に手を伸ばして、目を細めた。
空はただただ澄み切って蒼い。