選択肢

結論から言えば、なんてことのないただの男だ。あの軍師は。

自分と違って鍛えていないからか、少し線の細いところはある。
けれどそれも自分に比べたらのことで。

小柄という訳でもない。寧ろ背は文官にしては高いほうだ。
別段魅力的という訳でもない。

室に篭りっきりで出てこないこともあるからか、
色は白いほうだとは思うが、とびきり白い訳ではない。

それも周りが日に焼けた武将どもだから目立つだけだ。

髪については、殆どわからない。
帽を取ったところを見たことがないのだ。

けれど、彼はやたらと目に付く。
戦場ではいるのか解らないほど存在が薄いのに。

戦がないときは、彼が何をしていても目を遣ってしまう。

抱きたいのか。そう思い悩んだ。
結論など端から出るわけがなかった。

目の前にして、憎まれ口でも叩いてくれればいい。
悪し様に罵って、罠にでも嵌めてくれればいい。
そうすればきっと、何も思い悩むことはなくなる。

呂布がそうするように、彼を嫌うことができるはずだ。そう思った。
けれど陳宮はそうしない。そうする理由がないからだ。

回廊を抜けた先に、陳宮の室がある。
張遼はゆったりとした足取りで、そこを目指して歩いた。

時折止まっては、逡巡するような顔をする。
数秒そうしてから、また彼は足を進める。

そうして辿り着いた目的の場所で、張遼は大きく溜息をついた。

自分は気の迷いで大きな一線を越えようとしている。
相手にとってこんな酷い話があるだろうか。

けれど、もう駄目だった。
戸を叩く。在室だったようで、中から声が返ってきた。

「どなたです」
張遼だ」

今度は返答はない。少しして、戸が内側から開いた。

「珍しいな。何か用でもあるのか?」

片手に書きかけの草書を持って、陳宮が問うた。
口元に微笑。少しだけ目を奪われる。

ああ、自分は気でも狂ったか。

「陳宮」
「なん…」

噛み付くように口付ける。
無防備にぽかんと空いた唇の、その奥の舌を強く吸う。

するとようやく事態を飲み込んだのか、
軍師が抵抗を始めた。

構わず舌を絡ませる。
舌の裏へ沿うように舐めれば、弱弱しい抵抗は益々弱まった。
相手の呼吸が乱れてきたのを感じ、重ねた唇を離す。

すると、くず折れるように陳宮はその場に座り込んだ。
息も荒く、目も潤んでいる。

情欲に駆られている。そう自分を分析しながらも張遼は陳宮の肩に手を乗せた。
ぴくりとその肩が跳ねる。

「お前が何を考えているか、わからない」

口元に手をあてながら、陳宮は言う。張遼は笑んだ。
理由などない。ただ、気がついたら目で追うようになっていた。

それが恋だとは思わなかった。今も解らない。

ただ、心の奥底で望んでいたことだった。
だからこそ。

張遼は陳宮を抱き寄せる。
この目の前には幾つもの選択肢があった。

冗談だったと言って笑って離れることも出来る。
何もなかったかのように去ることだって出来たはずだった。

けれど、もう駄目だった。

「触るな」

軍師が唸る。張遼は更に強く抱きしめた。
嫌なら、突き飛ばして強く罵ればいい。噛み付いてきたっていい。そうすれば自分は離れる。

目の前のこの男は、数多ある選択肢からどれを選ぶだろうか。

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