口づけ
「口づけは甘いものだというが、どう思う」
「甘い、と思った経験は一度もないな。食ったものにも因るだろうが」
「………色気のない発言だ」
「色気を求められても困るだろうに。御辺は?」
「ん?」
「甘いと思ったことはあるのか」
「……」
「甘くもなんともなかったな」
「……そういうものだ」
「しかし、すぐ口を拭われると少しだけ傷つくな」
「それは失敬」
「張遼」
呼び止める。
回廊を歩き去ろうとしていた張遼が、くるりと振り返った。
「禁酒令が出ているのに、勇気のある男だな」
そう言い残して、陳宮は見送りをやめ、自室への戸をくぐった。
回廊に取り残された張遼は、ぽかんと口を開けている。
何のことだろう、と考える。事の外速く理由が思い浮かぶ。
「軍師殿の舌の感度のよさには恐れ入る」