鬼と桜
出来る限り笑って答えた。貴方の傍に居りましょうと。
桜が散っている。
はらはらと空を舞う其れを手に取ろうと、年甲斐もなく天へ手を伸ばした。
すると後ろからくすくすと笑う声がする。
誰か。振り返れば其処に桜の化身のような女が居た。
姿形の愛らしさ、唇頬に色、そして全身に帯びている儚さが、桜に似ている。
「貂蝉殿」
声を掛ければ、彼女は忍び笑いを抑え、小さく頷いた。
「笑うつもりは無かったのです。
ただ、とても楽しそうなお顔でございましたから」
お気に障ったのならば申し訳ございません、そう言って彼女は頭を下げる。
珍しいものを見た、そう思ったのだろう。それならば仕方ないと思った。
「気になさるな。私には不釣合いなもの、おかしく映っても仕方ない」
自分の手がちらりと目に入った。無骨な指に、豆が出来た掌。
儚く美しい桜に伸ばすには不釣合いすぎた。
「そのようなことは、ございません」
彼女はとても美しい声音でそう言う。
どのように話せばどのような声が出るのか、きっと彼女は知っている。
貂蝉はついと指を散る桜へ伸ばした。
自分と同じ行動だったのに、
彼女のその行動は自分とは全く違って美しく見え、思わず息を呑む。
「やはり、私と貴方では全く違う」
苦笑混じりにそういえば、彼女はふと笑った。
「違うと思うのは、恐らく立つ処が違うからでございましょう」
小さな掌に桜を一つ、彼女はしまいこむ。
「戦わねばならぬもの、守るべきもの、必要としてくれるもの。
貴方と私は何もかも、全てが違うのです」
彼女は背を向ける。
そうすると、彼女がそのまま景色に同化してしまいそうで、
何故だか背に薄ら寒いものを感じた。
今にも散っていきそうな、見えぬところへ行きそうな。
儚さというのか、これは。
口が名前を呼ぼうとする。けれど出てきた言葉は一体誰の名前だったろう。
強きが故に孤独の、ただ一人の呂布か。
烈士すぎたが故に孤独になった、かの軍師か。
或いは、或いは。
桜がふわりと唇を掠める。その光景もまた美しく。
けれどますます彼女の存在が希薄になっていくような、そんな気を起こさせて。
ああ、と彼女が嘆息した。
「ああ、今日の雪はとても綺麗ですね」